TED トーク

TEDトーク 世界最高のプレゼン術 ジェノミー・ドノバン 中西真雄美訳 新潮社

からの引用です。

 

「TEDの十戒」から、何をどう学ぶか

 

内容

・オハコの披露にとどまることなかれ

・大きな夢を語れ。

 あるいは人々の驚きを誘く新しい何かを示せ。

 もしくは初めて明かす話をしろ

・ストーリーを語れ

・闇に葬られたくなければ、ステージ上での売込みはやめるべし

・「笑いは宝」と心得よ

 

伝え方

・好奇心と情熱を惜しみなく示せ

・よき関係づくりと最高の議論を目的として、他の話し手の発言には自由に意見を述べるべし

・自慢話に終始するべからず。己の弱みを隠すなかれ。成功とともに失敗を語れ

・原稿を読むべからず

・次の話し手の時間を奪ってはならぬ

 

★zekkoutyou

校長=話しが上手

と思われる方が多いと思います。

私も、そう思っていましたし、今もそう思います、自分を除いては!

 

いくら苦手でもそれを言い訳することはできませんので、少しでも上手になるように、勉強中です。

私が1番受けたいココロの授業

比田井和孝 比田井美恵著 ごま書房 からの引用

 

・・・・ある日の休み時間に、あるクラスメートが質問に来たんですって。

N君が教えてあげたら、そのクラスメートは、

「ありがとう」って言って、自分の席に帰って行ったそうです。

これ、別に普通のシーンですよね。

 

ところがね、彼はこの時のことを、こう言っています。

 

「人から頼りにされて、心からの感謝の言葉を言ってもらうなんて、初めてでした」

 

彼、高校時代、どんな子だったかっていうと、授業中、寝る、さぼる、携帯、ガム・・当たり前だったそうです。

でもそれだけじゃないんです。

ものすごく暗かったんですって。

周りに人達からは、「お前、自殺するんじゃないの?」って言われるくらい、暗かったそうです。

 

さらには、周りに人のことに関心がなくて、

「人のことなんてどうだっていい。自分さえよければそれでいい」ってね、

ずーっと思っていたそうです。

 

その彼が、初めて人から頼りにされて、「ありがとう」って言ってもらった・・・・生まれて初めて。

彼にとっては衝撃なんですね。

 

「人に頼りにされるってこんなに嬉しいことなんだ!」

って思ったそうです。

 

それからのN君はスゴイんですよ。

なんと、自分のクラスメートに勉強を教えるためにクラスメートが、いつ、どんな質問をしてきても正確にちゃんと教えられるように、そのために授業を一生懸命聞くです。

自分でちょっとでもわからないことがあれば先生に質問にもいきます。いろんなもの調べます。

そしてクラスメートに教えるために毎日8時まで学校に残るんです。

教室で勉強を教えていたんですよ。

もちろん自分の勉強もあります。

でも、そんなもの置いてでも、とにかく教えまくるんです。

 

私、N君にこう聞いたんです。

 

「そんなに毎日遅くまで残って、教えてあげるの嫌じゃなかった?」って。

 

そしたらね、違うんですよ。N君、こういうんです。

 

「教えることが嬉しくて楽しくてしょうがなかった」って。

まさに、与えることそのものを喜んでやっていたんです。

★zekkoutyou

とても胸に響きました!

まさに、「してあげる幸せ」!!

 

こんな風に教え子が変化したら、嬉しくてたまらないですね・・・。

 

しかも、後日談があって、N君の誕生日に、クラスのみんなが集まってお祝いしてくれそうです♬

素敵ですね。

私が1番受けたいココロの授業

比田井和孝 比田井美恵著 ごま書房 からの引用です。

 

 

ジミー・カーチスの話

 

結核がまだ死に至る病だったころの、アメリカのある病院のお話です。

 

その病室にも市の宣告を受けた7名の患者が入っておりました。

ジミー・カーチスはその1番窓際に寝ていました。

自分が動くことができない患者の中でジミーだけが、唯一、窓の外を見ることができました。

死と隣り合わせの同室の患者は、みんな心がすさんでいました。

 

その患者を前にして、ジミーは窓から見える光景をみんなに語り伝えるのです。

 

「おーい、みんな、今日は子どもたちが遠足だよ。黄色い鞄を下げている子がいるな。いやあ、ピンクの帽子をかぶっている子もいるよ。かわいいな。

3番目と4番目の子が手をつないで歩いている。きっと仲良しなんだろうなあ。

あ、空には黄色い蝶々が飛んでいるよ」

 

ところが、ある朝起きてみると、窓際にねていたはずのジミーがいません。

昨晩亡くなったのです。

 

するとトムという男が「俺をジミーが寝ていた窓際にやってくれ」と頼むのです。

 

しかし、看護婦さんたちは顔を曇らせて、なかなか言うことを聞いてくれません。

業を煮やしたトムは、声を荒げて怒鳴ります。

 

そこで仕方なく、看護婦さんたちはトムを窓際に移します。

喜んだトムは、

「俺はジミーみたいに外の景色をみんなに話してなんて聞かせないぞ。自分だけで楽しむんだ」

 

そう思って窓の外を見たのでした。

ところが窓から見えたのは、灰色の古ぼけた壁だったのです。

その瞬間、トムはジミーの思いがすべてわかったのです。

 

「ジミーは、壁しか見えないのに、自分たちのすさんだ心を励ますために、その壁の向こうに広がるであろう素晴らしい世界をああやって語り聞かせてくれたんだ。

それに引き換え、自分ときたら、自分だけ楽しもうなんて、なんと浅ましい心の持つ主であろうか。何という恥ずかし自分であろうか」

 

心から懺悔したトムは、ジミーに負けないくらい、素敵な思いやりをもって、次のように語り聞かせるようになったのでした。

 

「おーい、みんな、今日は花屋さんが通るぜ。車の中はバラの花でいっぱいだ。前の方は、あれはパンジーの花だな。あの隣に黄色いバラ。甘い香りがするだろうな」

 

★zekkoutyou

本書では、このエピソードから学べることを著者の言葉で書かれています。

引用は、この「お話」の部分だけにしました。

 

どんな状況にいても、「人に与える」ことはできるのですね・・。

私が1番受けたいココロの授業

比田井和孝 比田井美恵 著 ごま書房 からの引用

 

≪目的がどれだけ大切か≫

 

夢を実現するためには、とっても大切なことがあります。

それは目的です。

 

目的と目標、一見、この言葉は似ていますよね。

でも同じじゃないですよね。

 

「目的」っていうのは、「何のために」

「目標」っていうのは、「何を目指す」です。

 

例えば

1いい大学に入るために(=目的)、成績で1番を取る(=目標)

2甲子園に行くために(=目的)、毎日800回素振りをする(=目標)

 

4 人の命を救うために(=目的)、消防士になる(=目標)

5人の役にたつために(=目的)、就職する(=目標)

 

さて、この中には目的の立て方として、良いものと良くないものがあります。

・・・

この違いを簡単に言うと、上の2つには終わりがあるんです。

大学に入ることが目的だったら、大学に入ってしまったら目的は達成されて終わってしまいますから。

 

次の2つの目的には終わりがないんです。

いい目的は、ベクトルなんです。・・・ベクトルってやじるしのことです。

目標は、ゴールです。

ゴールっていってもさいしゅのゴールではありません。

中間のゴール・チェックポイントです。

そこで終わりじゃないんです。

 

良い目的には終わりがないんです。

目的はベクトル・・・矢印ですから、方向です。

方向には終わりがないんです。

「人の役に立つ」という目的で考えれば、「人の役に立つ」という方向に進む中で、こういう勉強をしよう、こんな大学にいこう、こういうところに就職しよう、こんな仕事をしようというのはすべて目標であって、その矢印(目的)の途中にあるチェックポイントでしかないんですね。

 

・・・・

 

ということで、目的「何のために」、とても大事です。

悩んでいても、「何のためにこれをやっているんだ」って考えると、一気に答えが出たりすることがありますから。

 

★zekkoutyou

私は以前、野口芳宏先生の講座で、この「目的と目標の違い」を教わりました。

野口先生は「目的=的」。

そこに至るまでの「しるべ」が目標なのだ。

的が定まっていなければ、大海の上で行先もなく必死にこいでいるようなものだ、と言う話でした。(遠い記憶なので定かではありませんが・・)

 

それを聞いてからは、たえず、「的」「行先」を意識するように心がけました。

そうすると、

>悩んでいても、「何のためにこれをやっているんだ」って考えると、一気に答えが出たりすることがありますから。

 

ということ、たしかでした。

 

子どもが伸びる「声かけ」の正体

沼田晶弘著 角川新書 からの引用

 

”勝手に”観光大使に任命し、子どもの自主性を引き出す

 

ボクが考える教育とは、生徒が自分の頭で考えたことを、クラスの仲間と話し合って、自分たちで判断して正解に近づいていくことです。

 

それが自立につながります。

世の中に出れば、否応なく自分で正解を探すことになるからです。

学校は社会で生きるチカラを身に付ける場所なのです。

それなのに先生が「答えは?」と生徒に聞いて、違ったら別の生徒をさす。

正解が出なければ正解を教える。

そのような受け身の姿勢で先生から知識を授けてもらうという授業の語りが、正しい教育につながるとは思えません。

 

例えば、5年生の社会の授業で「日本のことを学ぶので、〇〇県について調べる」と言うとき、ボクは生徒には「地元の世田谷について調べなさい」というような型どおりの命令をすることはありません。

「今日からみんなは観光大使だからな」と全員を観光大使に任命して、子どもたちに好きな地域を選ばせて都道府県の魅力を調べて発表してもらいます。

「みんなには『”勝手に”観光大使』になってもらう

 

そういうと子どもたちは最初「この人、今度は何を始めるつもりなの?」と言う対応をしますが、「地域は日本全国どこでもいいよ」「パワーポイントをつかってもいいよ」と言うと目が輝きます。~中略~

 

どの観光プレゼンテーションも素晴らしかったのですが、それをノートにまとめなければ力がつきません。でも、誰だって発表を終えたところで力が抜けるはずです。

そこで「発表をノートにまとめて知事に送ろう」と提案しました。

ノートを知事に送ったところ、続々と返事が届きました。・・・

★zekkoutyou

この著者は「ぬまっち先生」の愛称で有名な方だそうです。

私は不勉強で知らなかったのですが、勤務校の若手との雑談で「こんな先生になりたい!っていうモデルある?」って聞いた時に教えてもらいました。

 

先日図書館で「沼田」の名前を見て、もしかして、ぬまっち先生!?と思い手にとったら、大当たりでした。

子どもが伸びる「声かけ」の正体

沼田晶弘著 角川新書 からの引用

 

≪正直者に損をさせてはいけない≫

 

・・・

子どもたちの中に休み時間が終わっても教室へ戻らず、10分遅刻する子がいました。

普通は遅れると、説教をしてから席に着くように命じます。

説教の間は、正直に時間を守った子どもが待たされることになります。

これでは10分長く遊んだ子のほうが、正直な子よりもトクしたことになりませんか。

クラスの信頼関係ができあがってきたころ、10分遅刻するその男の子が帰ってきていませんでした。

校庭を見ると、悠々と歩いて校舎に向かっています。

ボクはクラスのみんなに言いました。

「時間を守った正直者が損をしちゃいけないよな」

とニヤッと笑います。

そして、「今からでかけるぞ」と全員を引き連れて階段に隠れ、待機します。

階段から教室の様子を見ていると、がらんとなった教室に、遅刻した子どもたスキップをしながら戻ってきました。

「あれ、誰もいない。この時間は別の教室だったっけ?」

 

遅刻した子どもがみんなを探しに行ったすきに、みんなでクラスにもどって授業を始め、「ずっと普通に授業してたよな!」とニヤッと笑います。

そこへ、遅刻した子どもが教室の入り口にまたやってきました。

「どこに行ってたの?」

「ずっといたよ」と子どもたちはニヤニヤ笑っています。

・・・・

クラスの誰に聞いても真実を教えてもらえなかったようで、日記に「いませんでしたよね」と書いてありました。

ボクは「夢です」と返信。

日記を返した日は時間通りに帰ってきたので、みんなに「教えてあげようか」と了解を得て種あかしをしました。

 

クラスがうまくいかなくなるメカニズムは、先生と子どもの間にギャップが生じること、正直者が損するシステムができてしまったことによると、ボクは分析しています。

★zekkoutyou

正直者に損をさせてはいけない。

 

そうですよね。

それには共感できても、こんな楽しい秘密にすることは、私には思いつきません!

「夢です」・・サイコーですね

 

 

子どもが伸びる「声かけ」の正体

沼田晶弘著 角川新書 からの引用

 

≪信じたら徹底的に信じて任せる≫

 

子どもの行動を見ていて、つい口だしをしたくなる親御さんは多いでしょう。

「お前に任せる」と言ったのに、失敗させたくないという親心と、失敗した後のフォローが面倒という気持ちで「それは違う」「こんな風にやったほうがいい」とアドバイスと言う名目の口出しをしがちです。

ボクは、その子どもの能力を見て「できる」と判断して任せたら、明らかな間違いや危険が生じない限り、口出しをしません。

途中で頼ってきても、まだやれると判断したら、いい意味で徹底的に無視します。

もちろん、ほんとうにわからなかったり、困っていることについてはアドバイスしますが。

「キッズティーチャー」と言うプロジェクトは、子どもたちが課題を調べて、ボクの代わりに先生となって、クラスの仲間に教えるという授業です。

ボクが先生役になる数人の子どもに課題を与えたら、あとはすべて任せます。

資料を探し、教えるべき事柄を抜き出し、みんなが理解できるように解説を考え、配付するプリントをつくったり、解説用のパワーポイントを作成してリハーサルを行い、発表の日の備えます。

相談には乗りますが「こうするといい」「ここが抜けている」といったような余計なアドバイスはしません。・・・・・

もちろん、授業中に疑問に感じたことは、「質問」をしながら修正をかけていくこともありますが、すべてを任すと子どもたちは素晴らしい能力を発揮します。

教えるべきことの要点を押さえているし、教え方も緩急をつけたり笑いのツボを盛り込んだりしてうまいもの。

こんなふうに説明すればいいのかと、ボクの勉強になったりします。

 

効果はそれだけではありません。

徹底的に任せるので自主性が養われるし、先生役の子どもたちの間でコミュニケーションをとることになるし、知識が身に付き、授業を成功させたという自信がつきます。

・・・

中途半端な口出しは逆効果です。

任せたら全面的に信じて口出しをしてはいけません。

 

いかがでしたか。

接し方の基本は、子どもも大人も同じことがわかっていただけたでしょうか。

 

★zekkoutyou

 

信じたら徹底的に信じて任せる

接し方の基本は、子どもも大人も同じ

 

これには強く共感、同意します!!

私は担任の時、この考え方を基本に学級経営・授業(『学び合い』)をしてきました。

校長になっても、基本的にこの考え方で学校経営をしています。

 

だから、同僚には使わない言葉で、子どもに指導することはありえない、と思います。

そして、「信じて任せる」と自分が思っていた以上の力を発揮してくれることが多いことも、実感としてわかります。